「仕事は、一つに絞るべき」——ずっとそう思っていました。一つの会社に勤め続けることが当たり前で、それが正義のような空気の中で働いてきた私が、なぜ軽貨物配送×デザインという二刀流を選んだのか。この記事では、その理由と、今の働き方に至るまでのリアルな経緯を書きます。
「一つの会社に勤め続けるのが正しい」と信じていた頃
当時の私は、複数の仕事をすることに、どこか罪悪感がありました。兼業や副業は「集中していない」「良くないこと」——そんな風潮がまだ強かったように思います。だから自然と、一つの会社に絞って、そこで頑張り続けることが正しいのだと、疑うことなく信じていました。
特別なスキルがあるわけでもなく、給料に大きな不満があったわけでもありません。「この会社にいれば大丈夫」そう思いながら、日々を過ごしていました。ただ正直に言うと——「自分が本当にやりたいことは、見つかっていなかった」のです。
デザインの仕事を始めて感じた「不安定さ」
その後、デザインの仕事に関わるようになりました。デザインは、一件あたりの単価が大きいわけではありません。「一件いくら」という少額の案件を何枚もこなしていく形で、売上を作っていました。
やりがいはあったし、好きな仕事でもあった。でも同時に、こんな課題が見えてきます。
- 収入が安定しない
- 忙しさに波がある
- 家庭の事情で調整が必要になる
軽貨物との出会い:「必ずある仕事」の安心感
転機になったのは、2社目で知り合った配送業の方から「一緒にやってみないか」と声をかけてもらったことでした。
軽貨物の仕事は、毎日決まった配送があり、「必ず一定の売上がある」仕事です。感覚としては、個人事業主でありながら、固定給の会社員に近い立ち位置。この「必ずある」という感覚は、想像以上に大きな安心感でした。
二つに分けたら、気持ちが楽になった
軽貨物で、生活のベースになる収入を確保する。デザインは、そこにプラスして、自分のペースで積み上げていく。
この形にしたことで、個人事業主としての不安は、かなり軽くなりました。それは自分だけの問題ではなく、「家族の生活があるからこそ、安定が何より大切だった」のだと思います。
デザインの仕事についても、「今月はこのくらい、今月は少し抑えめ」そんな調整ができるようになりました。すべてを一つの仕事で背負わなくていい。そのことが、気持ちに余白を作ってくれました。
会社員時代との大きな違い
会社員時代は、朝から夜まで仕事に縛られた中で、子どもの病院や体調不良に対応しなければならない場面が多くありました。「申し訳なさ」や「気まずさ」を感じながら、仕事と家族の間で揺れていた。
今は、自分で時間を管理できる分、家族との時間を優先しやすくなりました。この変化は、想像以上に大きかったです。
今の働き方が続いている理由
軽貨物の仕事は、「朝3時半から8時まで」という決まった時間内の業務です。もともと朝型で、中学・高校時代から早起きの習慣がありました。そのため、この時間帯の仕事はそれほど苦ではありません。
デザインの仕事についても、基本的に自分で納期を決めることができるため、緊急な案件がない限りは、自分のペースで作業できています。
正解じゃなくていい
今の働き方が、正解だとは思っていません。でも、「今は困っていない」そう言える状態でいられています。それだけで、十分なのかもしれないと思うようになりました。
働き方は、一度決めたら変えられないものじゃない。暮らしや家族の状況に合わせて、その都度、選び直していけばいい。今の私は、軽貨物×デザインという形を選んでいます。それが、今の家族と自分にとって、無理のない働き方だからです。
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